激辛スーパーミンキーブック7
オリジナルストーリー編
ここはロンドン。霧の都で有名なこの町は今日もどんよりとした天気に見舞われていた。春だというのに風はまだ冷たく雪まで降ってきそうな寒さだった。人々は白い息を吐きながら通りを行き来している。車の騒音、工場の煙、風の音……川のせせらぎ。聞こえないはずの川のせせらぎが少女の耳に入っていた。前に住んでいた町では家の目の前が川だった。だからいつも水の流れる音を耳にしていたのだ。今住んでいるロンドンの家の前にはそういったものはない。少なくても自分の住んでいる範囲には川のせせらぎは聞こえない。なのにも関わらず、少女はいつの間にか川のせせらぎを耳にしていた。
「今でもあの川は流れていて優しいせせらぎを奏でいるのかしら?」
少女は自分の部屋の窓から空を見上げてそうつぶやいた。
「今でもあの川は流れていて青い空を映しだしているのかしら?」
少女の名はミンキーモモといった。
彼女はかつてはフェナリナーサという夢の国のプリンセスで、人々に夢と希望を取り戻させてフェナリナーサを地上に戻そうとしていたのだった。しかし、数々の経験から夢と希望は人にあげたり、もらったりするものではないと感じるようになり、そして自分もまた他の人と同じように自分自身の夢を見たいと思ったのであった。不慮の事故は彼女を魔女から本当の人間にした。今ミンキーモモは自分自身の夢を見て生きている。
そんなモモに危機感を抱くようなことが起こっている。川の音はもう聞こえていない。
ロンドンに来る途中で彼女は今まで失っていた夢の国のプリンセスの記憶を取り戻した。そしてちょっぴり魔法もまた使ってしまった。自分は魔法から離れられないのだろうか・・・・。
そんな時だった。ある新聞にこんなことが載っていたのだ。
『魔法の国は存在する 実は12年前に夢の国から王女が来ていた』
取るに足らないゴシップ専門の新聞ではあったものの、フェナリナーサを信じている一部の人々はこの記事に大喜びした。何しろ1000年前にはまだ地上にいたのだから博物館にはフェナリナーサのものと思われる骨董品が幾つも展示してあった。何しろ魔法をかけられているかのごとく保存状態のいい地図までが残っているのだ。フェナリナーサは夢の国の中でも一番有名だったので、適当にでっち上げれば新聞が売れる、そんな程度で書かれたはずだった。ところが。事細かに書かれている記事はどうみてもそれが今は自分の姉ということになっている12年前のミンキーモモのことであるとしか思えないような内容だったのだ。誰かがモモを魔法使いだと知り記事に書いたのだ。彼女がペットショップの娘であることや三匹のお供を連れていたことなどあまりにも正確な情報で一杯だった。
「今頃になってどうして・・・・」
しかし今のモモだとは誰も思わない。ロンドンでのゴシップ新聞がどこかの国で売られていれば誰かがミンキーモモのことを指していると気付くだろうが、その心配はない。結局は誰も気が付かなかった。その記事を書いた人間を除いて。
とはいえ、この記事を読んだ中の一人、映画監督のズデニックという人がフェナリナーサのプリンセスの記事を読んで何かひらめいてしまったようだ。彼はそれまでに『パック・ツー・ザ・プーチャン』、『スタートレッキー』『インディアン・ジョーズ』などのマニア的な映画で一世を風靡していた人気監督だった。ズデニックは世界各地から『フェナリナーサから来た少女』に出演させるための美少女を捜していた。いたずら心半分、興味津々モモはオーディションに参加したのであった。そしてまたあの子に会ってしまった。
あの子とは、あの子のことである。
マリンナーサのプリンセス。今彼女はミンキーモモと名乗っているらしい。モモそっくりの格好で、そう名乗っているのは皮肉だった。彼女に再会したのは前の年の夏だった。「・・・・モモちゃん?」
あれっ?私そっくりの子がいる。誰かしら?
「モモ・・・・です」
そのときは気が付かなかった。だが、後で気付いてしまった。
あの子だ。
ミンキーモモがトラックにはねられそうになった時魔法を使った人がいるとモモは感じた。自分が感じたものが魔法独特のサインだとは後になって気が付いたのだが・・・・あの子は魔法使いだ。
あの時が初対面ではなかった。実は小さい頃に会っている。まだ夢の国が地上に会った頃、フェナリナーサの王様、王妃様はモモをつれて親戚であるマリンナーサに海水浴を兼ねて行くことになった。マリンナーサでもまだ名前の決まっていない娘が一人いた。年令の同じ二人はすぐに仲良くなって一緒に遊んだ。無邪気に遊んだ。度が過ぎた。あの頃のミンキーモモはまだ魔法を覚え始めたばかりで何かとすぐに使いたがった。そして親戚の女の子に魔法をかけてしまった。
「それっ! 私とおんなじ姿にな~れっ」
見事に彼女はモモとそっくりになった。その子は大喜びだった。モモも大喜びだった。そのうちに魔法はとけるはずだった。しかし、モモが帰る時まだそのまま姿だった。マリンナーサの王様も呑気に「ええだばええだば」を繰り返して何の気にもしていなかった。モモは不安だった。今度会う時まだあの姿だったら ・・・・ とはいえ、もう会うことはなかった。もし会ったらモモは責任を感じて全力で魔法をとく努力をしたであろう。魔法はその魔法をかけた人間でなければとけないのだから。
あの子はそのままだった。生れた時からその姿だったかのように振る舞っていた。きっともう忘れているのだろう。今の自分が本当の自分じゃないってことを。何しろもうかれこれ3000年も前の話だ。責任を感じたモモだけが覚えていたのだ。今のモモは魔法使いではない。治したくても、もう治せない。あの子は一生モモの姿で成長するしかないのだ。だから自分が魔法使いだったと彼女にいうことは出来なかった。それに自分が王女としての責任を放棄したことを何て思われるだろう。本当はフェナリナーサを地上に降ろすことが自分の役目だったはずだ。それを自分勝手な自分の夢のためにフェナリナーサの王族としての役目を無断で放棄したのだ。
今あの子はマリンナーサのために頑張っている。
頑張っていた・・・・か。
マリンナーサは宇宙に旅だったらしい。そしてあの子は取り残された。
あの子は一体どうなるのだろうか。あの子にとっての1年は地上の人間の160年だ。何年かすれば異常に気が付かれてしまう。そしたらどうなるのか。今度はゴシップ新聞ぐらいじゃすまないかもしれない。「神様、あの子をお守り下さい」あそこの国ではクーデターも戦争も起こったし相当な不況だそうだ。それでもモモに出来ることは一つもない。そんな時モモはふと、ふと思ってしまうのである。こんなことを考えてはいけないと思いつつ・・・・
「ああ・・・・魔法が使えたらな・・・・」
完
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