激辛スーパーミンキーブック6

補  足  編
☆夢にかける橋☆
  さてさて93年5月にリリースされたのがOVA『夢にかける橋』だ。
  そこの橋で出会った人達は再び会うことができる!!そんな言い伝えの橋でモモは一人の少年と出会う。少年はその言い伝えを否定し始めたのでモモは自分たちが伝説を本物にすればいいと提案し、二人は別れる。その日からモモは少年を橋の上で待ち続けるのだが、橋は取り壊されることになって・・・・・・
  はっきりいってすごい。とてもいい出来だ。モモや橋の上の人達の描写の仕方、季節の移り変わりの演出、静かで重みのある脚本、細かい作画、雰囲気にマッチした音楽、そして声優の名演技。非の付け所がない。どこの部分にもかなりの力が入っている名作だ。最近のOVAはTVシリーズの単なる延長とか、マンガ原作とか、妖怪かロボットものなので観る人に新鮮さをもたらしてくれるだろう。(と期待する)
  ミンキーモモと無関係としても『夢にかける橋』はとてもいい作品だ。それだけは間違いない。ここではモモさえも名前を呼ばれない。誰の名前も出てこない。橋の上で出会っては別れていく人達に名前を知る必要はない。名前を呼ぶ存在はここでは排除されている。パパやママ、王様、王妃様、御供三匹は出てこない。ひたすら出てくるのは橋。そしてモモ。以前出会った人にまた会いたい。そういうことは誰にでもあることだ。モモの場合、最初は誰か他の人を待っていたのにも拘らず、いつのまにか彼女はその橋の上でやっぱり誰かを待っている少年を待つようになる。けなげにも毎日待ち続けるモモの姿は恋する少女のものなのだろうか。そして少年が待っているのはモモではない・・・・。
  絶妙のストーリー展開である。雪の降る中でいつも橋の上で会う女の人に「新しい出会いを探しなさい」といわれてもモモは一人で耐える。そこらへんの演出も冴えている。そしてちょっと寂しい恋の成り行き。またその後のラストシーン「こんなにたくさんの人と
出会っていたんだ」はまさしく観ている人を感動させるものがある。
  久し振りに土井美加がモモに顔を出していますね。亀山助六も。このストーリーはCDドラマ『雪がやんだら・・・・』に似ている。春が来て、物語は終結するってところが。物語に漂う静かな雰囲気も似ている。あの時は雪がキーポイントだったが、今度は橋が
キーポイントになっている。で、モモのペンダントをみると古いペンダントしてるけど、あそこの国が分裂する前の話なんだろうか。それは置いといて作画監督が堀内修だったのがよかった。最高。82のモモと同じかそれ以上のモモが描けるのは彼しかいないな。TVシリーズが終ってようやく林原さんも12才の声を作れるようになったようだ。
☆夢にかける橋(CD)☆
  OVA『夢にかける橋』のCDなんだけどそれだけに留まらず未収録のTV版BGM、新旧のOP、EDも収録してなんと78分!すごいボリュームなのである。
  OVAの音楽もTVの時と同様に長谷川智樹が担当したのだが、今回は作品に合わせてクラシック音楽的でしかもしっとりしたムードの曲が多かった。お得意(?)のストリングスとピアノのソロが泣かせる。下手にシンセなど使わないほうが曲の良さが映える。また楽器編成もほとんど生楽器でゴージャスなことこのうえない。フリューゲルホルンまで使っているらしい。アコーディオン、ギターやハーモニカなどの使用がより一層ヨーロッパ的な雰囲気を醸し出している。とにかくどの曲も素晴らしい出来だ。とても5日間でできたとは思えない名曲ぞろいだ。解説書にも
  この新作『モモ』が”魔女っ子アニメ”という普遍的ジャンルにおいて、ひとつの音楽的進化を極めたことだけは確かなようである。
と高橋和光氏が書いてあるが、まさしくそのとおりである。
今まで収録されていなかったBGMなんかもこのCDに入っているのだが、欲を言えば『雪がやんだら・・・・』のBGMも収録してほしかった。にしても「あっこんな曲もあったな」てのが結構あって随分楽しめるアルバムだ。昔はBGMなんか使い捨てだったのに今
はこんなふうに大半がCDとなって残る。いい時代になったんだねえ。
  ま、おれが褒めてばかりで終るはずがない。
  ミンキーモモのイメージはどんどん変わっている。82のモモ、『ロンド』のモモ、91のモモ、『夢かけ』のモモ、それぞれ全然イメージが違う。原作者は明らかにモモのイメージの変化を気にしていない。ミンキーモモというキャラクターを使って作品を創りたいと考えているだけなのだ。特に小山モモとか林原モモとか考えてないのかもしれない。どちらのモモも最終的には魔法の使えない普通の女の子になってしまうのだから。今回のOVAは小山モモでもよかったはずだ。それどころか林原モモでなくても良かった。
ミンキーモモ91のシチュエーションをあれだけ前作とそっくりにしておきながら肝心のモモの性格だけが違う、というのは変ではないか。そのためにミンキーモモとその世界のイメージは変わってしまった。せっかく小山茉美が作ったイメージは塗り潰されてしまったのだ。なぜ、ここまで私はこのことにこだわるのか。当たり前だ!別人だとわかっていても名前も顔も前と同じミンキーモモ。しかし肝心の性格が違う。どうしてもあの性格は好きになれなかった。それでも前のモモの面影をどうしても追ってしまう。それがどれほど空しいものなのか。あなたにわかりますか?この先どんなに素晴らしい『ミンキーモモ』という作品が出てきてもあのモモなら私には何の価値もない。逆にモモの性格さえ82年のままならどんなタイプのストーリーになろうとも私は好きになれる自信があ
る。それだけ本来性格というのは大事なものではないのか?モモの昔の人格を無視するな!皮肉な話だが、脚本家であったがためにアニメの世界に踏み込んだ首藤剛志氏は脚本家でありながらミンキーモモという最高のキャラクターと作品を創りだしたものの、脚本家であったために自分の作品でないものの脚本も山の様に書いた。結果、自分のキャラクターや世界観に対するイメージを固定できなかったのだと私は思う。これから先ミンキーモモはどんどん変わっていくだろう。そして今ではそれがモモの運命なのだ。
  既に来年には次の『ミンキーモモ』のOVAが発売予定とのことだ。これから先どれだけモモのイメージが変わっていくのか、それを思うと怖い感じもする。『ミンキーモモ』は人気商品だからこれからも新しいモモが生み出されるだろう。しかし、ここまで人気が
あるのは91年のモモのおかげではなく、82年に放送された『魔法のプリンセスミンキーモモ』が土台になっているのを忘れてほしくない。
  そして私はそのことを、82年のモモのイメージを決して忘れはしない。
今日ロマンアルバムを買った。究極の旧モモファンの私にはもう針のむしろだね、こりゃミンキーモモって子はそんなに愛されていたキャラクターじゃなかったらしい。もし愛されていたなら2人目のモモなんて作られなかったはずだ、まして性格の違うモモなんて・・・・なぜそんな残酷なことが出来るのか理解できない。やっぱりモモは一人でいてほしい。小山茉美が言う「いつまでも愛してほしいキャラクター」というのは2代目のモモのことではなかったはずだ!前作の踏襲を避けたつもりかもしれないが、ミンキーモモを使うこと自体が踏襲ではないか。ただの踏襲よりもっとひどい。前作まで巻き込んで初代モモまでボロボロにしてしまった。あのモモはあのモモ、このモモはこのモモ。同じ顔にしといてそんな人を言うのは卑怯だぞ。こんなことなら「いつか続編を作ってくれるだろう」という夢だけを見ていたかった・・・・・ 。夢は砕け散って、そして砕け散った初代モモがいる。それこそが逃げられない現実なのだ。これからミンキーモモっていったら林原モモのことを指すのかなあ・・・・・ はあ・・・・・
  私はただ、ミンキーモモを前作のような優しくて可愛らしい女の子に戻してほしいだけなんだ。仲間外れにされた人達を励まし、ちょっとホームシックになったり、叶わぬ恋に胸を焦がしたり、そして体を張って他の者を助けたり・・・・そんな女の子にこそミンキーモモの名はふさわしい。少なくても私はそう思う。
  最後になったけど、けんかを売っているわけじゃないんだよ、この本。私の空しさがこれらの文章を書かせるんだ。空しさが。
  新モモファンの人達、ごめんなさい。