« モモをイメージした香水や雑貨が発売!! | トップページ | ミンキーモモと銀河鉄道999 #ミンキーモモ »

2021年7月 5日 (月)

ミンキーモモのキャラクターデザイン #ミンキーモモ

分かっているのは、まずキャラクターデザインがかなり難航したということ。相当スポンサーにはこだわりがあったようでイメージと違ったものは作りたくなかったのかもしれない。

1981年11月に漫画家みさきのあが「魔法の冒険モモちゃん」(魔女っ子)と「ミニーはわくわく気分」(大人に変身)の2つの企画に参加して、それぞれキャラクターを提出。この2つの企画は1つになる。

アニメーター(今は漫画家)服部あゆみもまたオーディションに参加して、みさきのあのデザインを元にして描くが、クライアントから「もっとコロッとした感じで」という要求で太目にする。あの髪型は割と早い時期に決まっていたらしい。もともと少女物のキャラクターは可愛くないと思っていたらしく、誰が描いても可愛くなるキャラを目指した。この事が後にアニメ界を変革したといっても過言ではない。

そしてスタジオライブの芦田豊雄もまた独自のデザインをいくつも考案したものの不採用。最終的にはオーケーの出た服部あゆみが描いたデザインをクリーンアップする事でミンキーモモは完成された。

ピンク髪は服部あゆみも提案したとのこと。またみさきのあのモモちゃんもピンク髪。スポンサー側はモモという名前もあって最初からピンク髪を考えていたのではないかと思われる。みさきのあのイメージがどこまで起用されたかは判断が難しい。(ポシェット、ピンク髪、ミニスカート、☆マーク、ステッキ)は今のモモと似ている。恐らくステッキが一番最後までデザインとしては残ったのではないか。

ステッキからリボンが飛び出すイメージは、みさきのあが考案したものと思われる。アニメでは最初ビームだったものの、途中で新体操ブームを受けてリボンに切り替えた。(当ブログ「何話から新体操変身するように?」参照)本当に後から初期イメージを使ったのか正確なところは不明。

芦田豊雄が「日経キャラクターズ!」(2004/9)で語ったところによると「ミンキーモモって初めてのロリキャラなのかな(笑)でも今のロリキャラとは違い、女性にもモモを受け入れてもらえた」と意味不明な事を語っている。少女アニメなんだから女性に受け入れられて当然ではないか。

また「モモにはまず、服部あゆみさんという漫画家さんの描いたキャラがありました」と簡単に語ってるが、当時まだ服部あゆみは漫画家ではなくアニメーターだった(漫画家になったのは1983年発行アニメーターを集めた雑誌「モーションコミック」から)。ロマンアルバムでは難産だったと語っているのだから、そこは正確に発言する責任があったと思う。芦田豊雄が描いた案は全く採用されていないのだから、自分がクリーンアップしただけだという事は強調すべきだった。

もちろん芦田豊雄がクリーンアップした事で鳥山明風味が追加されて完成されたのは間違いないし、その才能とテクニックは疑いようもない。しかし過程においては複雑だった事は忘れてほしくなかった。

海モモのデザインは渡辺浩だけという事になっているが、これは空モモをベースにしているのだから本来ならば「芦田豊雄・みさきのあ・服部あゆみ」が関わっていたと考えなければ変だ。彼もまた非常に重要な役割はあったのは事実だが、デザインという意味では少し手を加えたに過ぎないのだ。

「ミンキーモモ」においてキャラクターデザインは非常に複雑で、誰か一人だけのデザインとは言い切れないと思うのである。正確にはスポンサーの担当者もイメージを提案している。

服部あゆみが「少女物は可愛くない」というのは確かにそのとおりで、少女漫画をそのままアニメにするのは難しかった。そこで「誰が描いても可愛い」アニメキャラを創り上げたことは「クリィミーマミ」だけでなく、特に「セーラームーン」において非常に大きな影響を与えたのではないだろうか。原作とされる「セーラームーン」はキャラの線が固いが、アニメ版では服部あゆみが提案したとおりマイルドな「誰が描いても可愛い」アニメキャラになっている。そう、それは「ミンキーモモ」の作画を担当したスタジオライブがデザインしているのだ。

「ミンキーモモ」のデザインは今のアニメ史において非常に大きな役割があったと、私は思うのであった。

|

« モモをイメージした香水や雑貨が発売!! | トップページ | ミンキーモモと銀河鉄道999 #ミンキーモモ »

ミンキーモモ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« モモをイメージした香水や雑貨が発売!! | トップページ | ミンキーモモと銀河鉄道999 #ミンキーモモ »