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2021年4月21日 (水)

モモ三部作なら

みんな「シン・エヴァンゲリオン劇場版」見たか。テレビの時にはあの結末なんて一ミリも考えてなかっただろう。それでもテレビを含めて完結なのよ。

ミンキーモモだって最初は三部作とか一ミリも考えてなかったはず。なんか思いつきで三部作にしたのはいいけどミュージカルとダンクーガを優先されて結局のところ実現しなかったわけだ。

エヴァと違って家族や友人との関係は希薄だから、いくら首藤さんに家庭が出来たからといってもミンキーモモに家庭の話を突っ込む事は難しいだろう。やはりテーマは「夢と希望」って事。とはいっても庵野(総)監督でさえ、あんな結末にしたぐらいだから首藤さんも丸くなって優しい結末にするかもしれなかった。ミンキーモモ3企画段階では無理そうだったが、今まだ生きていたなら。

またミンキーモモそっくりな魔法少女がミンキーモモって名乗る展開しかない。ここまでくると綾波レイだよクローン人間じゃないか。テーマは正確には「夢と希望はない」。首藤さんが病的な人間不信なので、「夢と希望が溢れる世の中になりました」って結末にはならないだろう。

最終的には「夢と希望は要らない」って話になりそう。夢の国からすれば魔法を使うためのエネルギーなだけで、魔法を使わないなら不要なものだ。ただし「夢と希望のある世界へ逃げる」というエピソードは既にやってしまっている。また夢の国が長い眠りに入るというのも逃避だろう。

落としどころとしては「皆が夢と希望を持つなんて無理な話だよ」ってところじゃないかな。いわゆる諦念だ。そもそも「夢と希望」の考え方自体が押しつけがましいものだった。多様性の時代になってきたし、そういうのを含めて「それぞれ好きなように夢と希望を持って生きればいい」そんなエピローグでいいような気がする。

大人に変身しなくてもいいし、プロフェッショナルになる必要もない。だから魔法も要らないので夢のエネルギーも要らない。ただし夢の国は地上へ戻れない。いや、戻る必要ない。科学の発達した人間にはもう夢の国は必要ないものになったんだ。

それぞれ違う道を歩んでいく。夢の国は必要とされている「夢と希望がある世界」へ向かって遠ざかっていくのだ。そこで大事なのは3人目のモモは地上に残らず、夢の国に戻って王様・王妃様とともに去っていく必要がある。逃げるんじゃなくて前向きに別れを告げるのだ。

空モモと海モモを出すと話がややこしくなる。この2人を救済しようとすると矛盾が生じるのでやめた方がいい。問題は具体的にどうやって物語を作っていくか、だ。3人目のモモがどんな感じで諦念の気持ちを持つに至るのか視聴者を説得させられるかが難しいポイント。それには矢張り何か強烈なインパクトがないと上手く進まない。

と。

いう妄想でした。

さて昼飯でも食べるかに。

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