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2021年4月 8日 (木)

物語の作り方

どんな物語も1話完結コメディ・ギャグじゃなければ何かしら主人公を困難に追い込む事が物語作りのセオリーだ。直近の見たアニメだと「エヴァンゲリオン」とかだな。アレも相当主人公を追い込んでいた。

「ドラゴンボール」系も同じで最初に簡単な困難を乗り越えさせて、どんどんハードルを高くしていく。

「ミンキーモモ」でもまずは地上で暮らすための両親を探したり、魔法でプロに変身したりする程度。で、その次に魔法ではどうにもならないような困難も出てきたりする(よみがえった伝説、大きすぎた訪問者など)。そして、最後は解決できないような困難=死へと続く。

普通だと最後は大きな困難を乗り越えて大団円だが、「ミンキーモモ」では乗り越えたとは言い切れない結末になっている。まぁよくて「未来には希望もあるかも」という程度だ。フェナリナーサが降りてくるような大成功エンディングだけは考えられてなかったようだ。まぁ「マッチ売りの少女」みたいに悲しい物語という作り方もあるから、どちらかというとソレに近いのだろう。

そうなってくると「ミンキーモモ」における中盤まで展開されるコメディタッチの物語は完全に茶番であり、追い込むための前置きにすぎない。たっぷり太らせてから食べられる家畜のようなものだ。幸せハッピーライフが輝けば輝くほど後からやってくる絶望感のインパクトが大きいわけだ。女児に玩具を売りつけるために明るい魔法少女アニメを装ってるのは酷い話だ(笑)

物語としての「ミンキーモモ」の作り方は凄い。「エヴァンゲリオン」でさえ救いはあったし、誰かが手を差し伸べてくれたのに、モモには誰もいないのだ。だから自己解決するしかなかった。あんな風に急転直下の不幸の後に悟ってしまう物語はそうそうない。

まぁつまりは物語作りのセオリーに準じつつも、それに捉われず応用しているんだね。そして演出的にまるでハッピーエンドのように締めくくってしまうのが首藤・湯山コンビの尋常ではない才能の技だった。多分この後も「ミンキーモモ」みたいな作品はそうそう出てこないだろう。だからこそ自分はこの作品に固執するのだ。

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